【勝浦つるんつるん温泉直営キャンプ場】女は叫ぶ、子どもと火から目を離さないでくれ
道中の雨は一切やむことがなかった。
レインコートのおかげでもちろんずぶ濡れになることはなかったが、長年使っているそれはところどころ雨が滲むようになってしまった。
勝浦つるんつるん温泉直営オートキャンプ場。
名前が良い。
都内から、下道を走ればおよそ120キロ、東京湾アクアラインを走ればおよそ100キロ。
名前の通り、ここの温泉に入るとつるんつるんになる。
実に率直で、なんの捻りもないネーミングが最高。良い。
オートサイト利用料が一区画5000円、ピークシーズンは6000円。
利用したのは4月の末。
ちょうどGWが始まった週なので、利用料はもちろん6000円。
正直、ふたりで利用するにはちょっと高いな、と思ってしまう金額である。
なんせ普段であれば、ここに温泉施設利用代と薪代、駐輪代がかかる。
日帰り温泉は800円、薪は一束500~600円、駐輪代500円~800円などなど。
ただ、直営キャンプ場であるため、温泉利用料は半額。400円。
さらに薪はタダ、そして直火も可。
オートサイトなので駐輪代もかからない。
そりゃ公営のキャンプ場の利用料800円とかに比べたら高いけれど、薪がタダというだけでなんだかお得感がある気がする。
早朝どころか深夜に出発。
雨はこのときからしとしと降り続いていて、雨雲とともに移動しているような気分だった。
いつも甲州街道を下ってばかりで、そういえば千葉方面に赴くのは珍しい。
大洗のときは千葉を通り過ぎてしまったし。
雨の中を必死こいて走っていたもので、実は道中の記憶というものが欠けている。
とにかく、どうにかこうにかたどり着いて、真っ先に朝市に向かった。
事前に見た写真では様々な店が出ており、楽しみにしていたのだ。
女は市場というものが好きだ。
ただ、ことごとくタイミングが最悪なのが、わたしという女。
そう、夜通し雨が降っていた。
朝市についた頃にようやくあがり、それでも風が随分と出ていた。
女は思った。
なんもねぇ……なぁんも!ない!
ガラガラのスカスカ。
盛岡の材木町でやっているよ市のほうが盛り上がっている……
女は盛岡材木町のよ市が大好きだ。
プラスチックコップでベアレンビールを飲みながら牡蠣を食べるのが最高なのだ。
……その話は置いておくとして、とにかく市場はやけに閑散としていた。
話によると、降り続いた雨の影響とのこと。
それもそうだろう。
当たり前の話である。
お連れさんの到着を待つ間に、一通り見終わってしまった。
晩につまめるものでも、と思っていたが、これと言った収穫もなさそうである。
雨の深夜ライドで冷え切った体を休めようと、美味しそうなハンドドリップコーヒーをいただくことにした。
材木町よ市にもコーヒー屋さんが出ているのだが、案外こういった市場に雰囲気のよいコーヒー屋さんがある。
女はコーヒーが好きだ。
地元のひとたちは皆良いひとばかりで、普段の市場の様子なども教えてもらった。
見せてもらった写真には、溢れんばかりの客と、所狭しとならんだ店々。
「明日はもっと賑わうよ」
起きれたら是非来よう、そう思った。
お連れさんともそう話していた。
しかし、女もお連れさんも爆睡キャンパーである。
キャンパーの朝は早い。
嘘である。
わたしは起きられない。
たしかにテント内にいれば、問答無用で朝日を浴びることになる。
しかしわたしは起きられない。
場合によっては7時くらいまで爆睡なのだ。
むろん、起きられなかった。
賑わう朝市への参加は、次回へと見送ることになった。
朝市からキャンプ場まで、そこまで距離はない。
出店は少ないが、せっかく来たのなら楽しもうと、合流したお連れさんとともにのんびり見て回った。
時期というのもあって、そこらじゅうでタケノコが売っている。
どれも立派なサイズで、お値段もはちゃめちゃに安い。
積載に余裕があれば、本当は買って帰りたかった。
女はタケノコが好きだ。
キャンプ場は見事に田んぼのなかにある。
随分と長閑な風景、受付は小さな小屋、温泉施設も大きくない。
前日から降り続く雨でサイトにたまってしまった水を、職員の方と思しき方々がかきだしていた。
水はけはあまりよくないようである。
チェックインの時間には相当早かったのだが、ご厚意で受付を済ませて頂いた。
フリーサイトではないので、それぞれに区画が振り分けられる。
わたしたちのサイトは、有難いことに水がたまることもない、少し隔離された良い場所であった。
縦長のサイトにソロドームふたつとタープ一張り、モペッド一台。
じゅうぶんなスペースどころか少し余るくらいだが、ファミリーキャンパーたちの大型テントに車を置いたらミチミチになってしまうだろう。
トイレや水場はお世辞にも綺麗とはいえない。
大洗の温かい便座を思うと、口を閉ざしたくなるくらいは。
そして水はけもよくない。
温泉が目の前、薪が無料、ということを含めても、少人数やソロキャンパーが利用するにはやはりちょっとお高め感が否めない。
温泉は良かった。
何よりも雰囲気、風情がある。
扉をあけた途端、おじいちゃんのカラオケが聞こえてくる。
休憩所のカラオケで、おじいちゃんやおばあちゃんが演歌や歌謡曲を歌う。
懐かしの灯油ストーブから良い匂いがして、その横で大の字になったオジサンがいびきをかいている。
お冷はセルフ、そばに置かれたビールグラスはくすんでいる。
お冷とは名ばかりで、ぬるいのだ。
味のある、良い雰囲気。
温泉に入る前に腹ごしらえ。
なかなか美味しかった。
名の通り温泉はつるんつるんで、洗い場もよく滑る。
子どもが走ったら転んでしまいそうなほど。
湯から腕を上げると、そのとろみがよくわかる。
GWというのもあって、途中からお子様の群れが現れた。
おそらく3家族のファミリーグループキャンプ、女の子ばかり数えたら10人いる。
その会話から、男湯に男の子たちもいるそうで、こういう光景を見ていると少子化なんて嘘のように思えてしまう。
合計して何人で来ていたのだろう。
10人の群れに、別家族の3人も追加。
もちろん地元のおばあちゃんたちも入浴していて、あっという間に脱衣所のカゴが足りなくなった。
お連れさんと、すこし子どもたちが落ち着いたらまた入ろうか、と脱衣所で湯冷ましをしていたのだが、脱衣所すらまともに歩ける状況ではなくなり断念した。
しかし、良い湯であったことは間違いない。
一緒に湯冷ましをしたおばあちゃんと少しだけ話をした。
この辺りは車がないと生活が大変ですね、というような会話をした覚えがある。
地方の利便化や、地元の暮らしの向上、こういう場に行くと思うことも多い。
それでいて、このような風情が失われてしまうのも寂しく思ってしまう。
利便化が進めば、きっとこの景色も薄れていってしまうのだろう。
温泉でのだらだらタイムを切り上げて焚火へ。
降ったりやんだりを繰り返していた雨で、やはり薪が乾く暇などなかった。
どうにか濡れていない薪を選ぼうと思ったのだが、なかなか厳しく、諦めてびしょぬれの薪を燃やすことにした。
水が滴るほどの薪で竃をつくり、調子こいてガンガン燃やす。
途中で風向きが変わり、なんとこの日だけでわたしとお連れさんのフライシートに穴が増えた。
しかも薪が濡れているせいで煙もすごい。
お連れさんとケラケラ笑いながら、煙が顔面に直撃にならない場所を探す。
椅子をもって焚火の周りをぐるぐる、なんとも愉快な椅子取りゲーム。
この日は燻製にも初挑戦した。
燻製のために積んできた段ボールは、道中の雨でずぶ濡れ。
それでもなんとか作り上げたそれは、なかなかに美味であった。
雨で濡れてしまっただけで、生木ではない。
乾いてしまえば面白いように燃える。
最初に確保したぶんも燃やしきり、楽しい夜も終わりを告げる。
通路を挟んだとなりのファミリーグループ、おそらく高頻度でキャンプに赴くことがないのだろう。
ヘリノックスの椅子など、それなりに良いギアを揃えていたのだが、いろいろとハラハラすることが多かった。
わたしたちが焚火を始めたタイミング、子どもたちは手放しで遊ばせ、小さな子の面倒をみるのは少し年上らしい女の子ひとり。
区画わけされているにも関わらず、わたしたちのテントの周りも走り回る。
大人たちは火を起こすのに必死で、子どもの面倒を見ない。
流石に注意しにいった。
もちろん、子どもたちが楽しく遊ぶのは構わない。
わたしたちのテントやタープはコンパクトだし、危険がなければ存分に遊んでくれとさえ思う。
ただ、テントやタープの周りにはガイロープやペグなど、足を引っかけやすいものが多い。
さらに火を起こしたばかりで、濡れた薪はバチバチと爆ぜる。
子どもたちにも「ここは危ないよ」と声をかけた。
年上らしい女の子は、礼儀正しくすみませんと頭を下げる。
君は悪くないのに。
キャンプ場で遊ぶ子どもに、一切の非はない。
年上なんだから面倒を見ろ、と親に言われても、だってその子たちは君が産んだわけではないのだから。
子どもたちの中で歳が上だというだけの話で、その子だって保護されるべき存在だ。
君に責任はない、とそば子は胸を張って言う。
子どものいないわたしが偉そうなことをいうのもおこがましい話であるが、申し訳ないが大人たちにはきっちりお話させていただいた。
キャンプ場は自然の中にある。
安全が確保された公園ではない。
キャンプ場だって、何があってもおかしくないのだ。
しかし、問題はそれだけはなかった。
濡れた薪では火を起こせなったらしく、結局どこかで買ってきた薪で焚火を始めた。
BBQ、夕飯の時間になれば子どもたちがフラフラ遊びにいく心配もそうはない。
ただ、その日は風が強かった。
夕飯を終え、彼らも濡れた薪を乾かしながら燃やす。
先ほど述べたとおり、生木ではないために、乾いてしまえばよく燃える。
風で空気が送られれば、火はいっそう大きくなる。
焚火から目を離さないのは常識だ。
子ども数も多かったが、大人の数だって多かった。
それなのに、焚火の周りには大人がひとり、ふたり。
皆が目を離している時間もある。
危ないなぁと思っていた。
軽いヘリノックスは、強い風が吹けば簡単に転ぶ。
風が強い日に焚火のそばに置きっぱなしなんてもってのほかだろう。
わたしたちも、トウシキキャンプ場で火にくべかけている。
経験者だ。
危なっかしくてちらちら見ていたのだが、案の定だった。
強く吹いた風、傾くヘリノックス、座面が帆の役割を果たし、ふわりと浮いたまま焚火へ。
焚火の周りにはだれもいない。
車の影と、テントの中から楽しそうな笑い声が聞こえるだけ。
遅刻しかけていても走りたくないそば子が、マジで、本気で、全力で走った。
火の上に覆いかぶさろうとしたヘリノックスを間一髪でとめ、別のヘリノックスを捕まえる。
いや、自分たちのものが溶けたり燃えたり穴があいたりするだけなら構いませんよ。
でもここはキャンプ場だ。
貴方たちのとなりでは別の家族がキャンプをしている。
通路を挟んだそばにはわたしたちがいる。
二度も注意するのは、クレーマーみたいで気が引ける。
知らんひとに注意されたら、楽しい気分も水の泡。
ほんとうは言いたくなかった、わたしだって。
できればお連れさんと、次どこいく?そういえばこのテントみた?新しいタープ欲しいよね、なんて話をしながらダラダラしていたい。
だから頼む。
キャンプのときは子どもから目を離さないでくれ。
年上の子どもに、小さい子の面倒を押し付けないでくれ。
その子だってまだ子どもだ。
子どもの面倒は、親が責任をもってくれ。
キャンプのときは火から目を離さないでくれ。
キャンプ場は外だ。
いつ風向きが変わってもおかしくない。
ほかの利用客もいる。
楽しかったね、と終わるはずだったキャンプを、悲しい思い出にしないでくれ。
少し沈んだ気持ちになりながら、その日は眠りについた。
翌朝、良く晴れていた。
前日あけた缶で朝食用の卵を焼く。
洗い物がでない、野宿らしい方法。
女は思う。
キャンプは雨が降っても、晴れていても、風が強くても楽しい。
キャンプは不自由を楽しむ遊びだ。
手放しで、楽をして楽しめる遊びじゃない。
それをしたければ、旅館やグランピングでもいい。
女は思う。
テントを張って、焚火をして、キャンプ楽しむのなら
子どもからけして目を離さず、火からけして目を離さないで。
女は思う
自分たちだけではなく、ほかの利用客も皆で「あぁ楽しかった!」と言えるキャンプをやりたいものだ。